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東京地方裁判所 平成2年(ワ)10363号 判決 1992年11月30日

原告

佐々木康

右訴訟代理人弁護士

佐藤正八

被告

有限会社コジマ厨房設備

右代表者代表取締役

小嶋鐡平

被告

新日本麺機有限会社

右代表者代表取締役

梅山壽

右両名訴訟代理人弁護士

杉本俊明

主文

一  被告新日本麺機有限会社は、原告に対し、金三七四万一三七二円及び内金三三四万一三七二円に対する平成二年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告新日本麺機有限会社に対するその余の請求並びに被告有限会社コジマ厨房設備に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告新日本麺機有限会社との間においては、これを一〇分し、その三を原告の、その余を同被告の各負担とし、原告と被告有限会社コジマ厨房設備との間においては、全部原告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一請求

被告らは、原告に対し、各自、金五五一万〇九九七円及び内金五〇一万〇九九七円に対する平成二年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、日本そば店を経営する原告が、被告有限会社コジマ厨房設備(以下「被告コジマ」という。)から買い受けた麺長さ切断用カッター付製麺機(以下「本件製麺機」という。)の清掃作業中に、突然回転したカッターにより左手の指先部を切断されて負傷したとして、同被告に対して不法行為ないし不完全履行に基づき、製造販売元である被告新日本製麺有限会社(以下「被告新日本」という。)に対しては不法行為に基づき、損害賠償を請求している事案である。

一争いのない事実

1  原告は、東京都中野区<番地略>所在の店舗(以下「原告店舗」という。)において日本そば店「そば処康」を経営する者である。また、被告コジマは、飲食業用厨房機械の販売、設備工事等を目的とする会社で、本件製麺機を原告に販売した者であり、被告新日本は、各種製麺機の製造販売等を目的とする会社で、本件製麺機を製造し、これを被告コジマに販売した者である。

2  原告は、昭和六二年一〇月一〇日、被告新日本から本件製麺機及びその付属品の引渡を受け、同月二〇日ころ、原告店舗において被告新日本の代表者梅山壽(以下「梅山」という。)が被告コジマの代表者小嶋鐡平(以下「小嶋」という。)及び原告の立会の下に試運転を行い、同月二六日、原告店舗において営業を開始したが、その後、本件製麺機の故障が相次いだ。

3  一方、被告コジマは、同年一二月ころ、原告及びその父である佐々木俊朗(以下「俊朗」という。)を相手方として、本件製麺機を含む厨房設備、ダクト工事の残代金五七四万七二〇〇円の支払を求める訴訟(当庁昭和六二年(ワ)第一七五四六号、以下「別件訴訟」という。)を提起した。

4  ところが、別件訴訟の係属中に、原告は、昭和六三年六月二七日本件製麺機により手指を負傷したとして、同年七月二日、梅山にその旨連絡し、翌三日、右機械の見分のため同人の来訪を受けたが、その見分を拒否した。

5  別件訴訟において、同年七月一九日、(1) 原告及び俊朗が被告コジマに対し請求金額である五七四万七二〇〇円の連帯支払義務を認めた上、内二五〇万円を同月二六日限り支払う、(2) 原告及び俊朗が右支払を遅滞なく履行したときは被告コジマは残額の支払義務を免除する、(4) 被告コジマは納入物件につき原告の所有権を認める、(5) 被告コジマはその余の請求を放棄し、双方は本条項に定めるほかは何らの債権債務もないことを相互に確認する旨の訴訟上の和解(以下「別件和解」という。)が成立し、右二五〇万円の支払が遅滞なく履行された。

6  その後、平成二年八月に至り、原告が本訴を提起した。

二原告の主張

1  本件事故の発生

原告は、昭和六三年六月二七日、別紙(一)のとおりの構造を有する本件製麺機の主電源作動スイッチを入れた上、カッター第一スイッチを切り、かつ、スライダー部(切刃台)を手前に外してカッター第二スイッチも切った状態において、左手を入れて奥のローラーに付着したカスを除去する作業を行っていた際、突然、麺長さ切断用カッターが回り出し、急いで左手を抜いたが間に合わず、別紙(二)のとおり、左手の第三、第四、第五指先部をカッターにより切断されて負傷した(以下「本件事故」という。)。

2  本件事故の原因

本件事故は、本件製麺機のカッター第一スイッチ及び同第二スイッチを切った状態であるのに、カッターが固定されている摩擦クラッチの回転を止めているストッパーが外れたために発生したものである。そして、このようにストッパーが外れたのは、別紙(三)、(四)に見るとおり、いったん外れたストッパーを元に戻すためのバネの復帰力が弱いことと、カッターを断続的に回転させるためのカムスイッチのタイミングによりストッパーの不安定状態が生じていたことに原因があるから、本件製麺機には構造上の欠陥があったというべきである。

3  被告らの責任

(一) 被告コジマについて

本件製麺機が、本来、スライダー部を外し、手を入れてローラーのカス取り作業を行う構造になっていることからすれば、被告コジマは、右作業中にカッターが回れば人の手指に傷害を与えることは十分予測できたはずであるから、これを原告に販売する際、カッター第一スイッチ及び同第二スイッチを切ればカッターが回らないよう十分検査するなり、主電源スイッチを切って右作業を行うよう指示すべき注意義務があり、また、右のような事故が発生しないような完全な製麺機を給付すべき売主としての義務があった。ところが、同被告は、これを怠り、漫然、原告に対し、本件製麺機が二重安全装置付であるとして、カッター第一スイッチを入れていてもスライダー部を外せばカッター第二スイッチが自動的に切れるので安全であるとの説明をし、かえって、主電源スイッチを切らなくてもスライダー部を外せば安全であると原告に思い込ませ、欠陥のある本件製麺機を販売し、本件事故を招いたものであるから、主位的に不法行為、予備的に不完全履行に基づき、右事故につき損害賠償責任を負うべきである。

(二) 被告新日本について

被告新日本は、本件製麺機の製造販売元として、カッター第一スイッチ及び同第二スイッチを切ればカッターが回らないようにするとか、スライダー部を外せば主電源スイッチも自動的に切れるようにして安全な構造の製麺機を設計・製造し、さらに、ユーザーである原告に対し、カス取り作業時には主電源スイッチを切るよう指示すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然、前記のように欠陥のある本件製麺機を設計・製造し、また、原告に対し誤解を招くような二重安全装置付の説明をして、本件事故を引き起こした過失があるから、右事故につき不法行為による損害賠償責任を免れない。

4  本件事故による原告の損害

(一) 治療関係費

五二万一二三〇円

原告は、本件事故による前記傷害の治療のため、東京女子医科大学病院に、事故当日の昭和六三年六月二七日から同年七月九日まで一三日間入院し、その後同年九月二〇日までの間に七日通院したことにより、治療費四六万六〇九〇円、入院雑費一万五六〇〇円(一日当たり一二〇〇円)、通院タクシー代一万八五四〇円、病院駐車料金二万一〇〇〇円を支出した。

(二) 休業損害

三六万四九七四円

原告は、本件事故当時、一か月当たり二四万三三一六円(昭和六一年分の申告所得金額二七八万〇七六〇円に1.05を乗じて得られる昭和六二年分の推計年間所得金額二九一万九七九八円の一二分の一相当額)の収益を挙げていたところ、右事故により、一か月間は全部休業し、その後の通院期間中は半月分の休業を余儀なくされ、合計三六万四九七四円の休業損害を被った。

(三) 後遺症による逸失利益

二五二万四七九三円

原告は、本件事故当時、満二六歳の健康な男子であったところ、右事故により自賠法施行令二条別表の一四級に相当する後遺症が残り、労働能力を五パーセント喪失したので、前記昭和六二年分の推計年間所得金額二九一万九七九八円を基礎として六七歳までの間の後遺症による逸失利益の現価をライプニッツ式計算(二六歳から六七歳までの四一年に対応する係数は17.2943)により算出すると、二五二万四七九三円となる。

(四) 慰謝料 一六〇万円

本件傷害による入通院の慰謝料としては七〇万円、後遺症の慰謝料としては九〇万円が相当である。

(五) 弁護士費用 五〇万円

5  被告らの抗弁に対する反論

(一) 別件和解は、本件事故からわずか二二日後に成立したものであり、右事故に基づく原告の損害賠償責任までもが和解の対象とされたものではない。

(二) 過失相殺の抗弁は争う。

三被告らの主張

1  本件事故の発生について

被告らとしては、本件事故発生の連絡を受けて原告方に赴いた際、本件製麺機の見分を拒否されたので、事故の発生及び態様それ自体が不明である。本件製麺機の部品はいずれも一流メーカー製であり、試運転の際にも正常に作動していたものであって、主電源又はカッター電源を一度でも切れば通電することはあり得ず、原告は、主電源スイッチ及びカッター第一スイッチを入れたまま作業していたとしか考えられない。

2  本件事故の原因及び被告らの責任について

仮に、原告主張のような態様の本件事故が発生したとしても、右事故は、専ら、原告自身が本件製麺機の操作を誤ったことに起因するものであるから、被告らが損害賠償責任を負うべきいわれはない。すなわち、

(一) 被告新日本の梅山は、本件製麺機を原告店舗に納入した際、使用説明書を原告に交付したが、それには、使用上の注意として、カッター部は大変危険であるのでその内部には手を入れないこと、やむを得ず手を入れるときは主電源スイッチを切り機械を完全に止めてから注意して行うこと、異常が認められるときは直ちに被告新日本に連絡することなどが明記されている。梅山は、その約一週間後の試運転の際にも、原告に対し本件製麺機の操作の説明をし、右のような使用上の注意を再確認した。

(二) 仮に、本件事故当時、原告に使用説明書が交付されていなかったとしても、製麺機のローラーにカスが付着するのは、機械の整備状態が不良なためであるから、その調整は製造販売元である被告新日本に委ねるべきものであるし、カッター部に手を入れるような危険な行為をなすべきではないことは、むしろ常識に属するというべきである。

(三) 原告主張の二重安全装置付の製麺機とは、カッターの作動を止めるためにカッター第一スイッチ及び同第二スイッチが付いており、右作動を止めるには双方のスイッチを切るような構造になっていることをいうのであって、一方のスイッチを切れば足りるということではない。被告らが、二重安全装置について、原告に対し、その主張のような説明をしたことはない。

3  被告らの抗弁

(一) 被告コジマは、別件和解が成立した昭和六三年七月一九日には、既に本件事故の発生を知らされており、その和解交渉の席上、右事故による原告の損害賠償も含めて和解をするよう説得され、これに応じて、請求代金及び本件事故による損害のうち二五〇万円を支払い、その余の請求は放棄する旨の別件和解を成立させたものであるから、原告は右損害賠償請求権を放棄しており、本訴請求は、この点からしても失当である。

(二) 仮に、被告らが責任を免れないとしても、損害賠償額の算定に当たり、原告の前記過失が斟酌されるべきである。

四本件の争点

1  原告主張のような本件事故が発生したか否か。

2  本件事故の原因は何か。

3  本件事故につき被告らに損害賠償責任があるか否か。

4  別件和解により本件事故に基づく被告らの責任も解決済みであるか否か。

5  損害賠償額はいくらか。

第三争点に対する判断

一争点1(本件事故の発生)について

証拠<書証番号略>によれば、原告は、昭和六三年六月二七日午後七時三〇分ころ、当日の製麺作業を終え、本件製麺機のローラーの麺出部分の清掃をするため、主電源作動スイッチを入れ、ローラーを回しながら、カッター第一スイッチを切り、かつ、スライダー部を手前に外してカッター第二スイッチも切った状態において、左手を入れて前記部分のカス取り作業を行っていた際、突然、麺長さ切断用カッターが回り出し、急いで左手を抜いたが間に合わず、別紙(二)のごとく、左手の第三、第四、第五指の指先部をカッターとマナ板ローラーの間に挾まれる形でカッターにより切断されて負傷し、本件事故が発生したことが認められる。

<書証番号略>(災害調査復命書)には、本件事故の態様として、原告が右手でローラースイッチ(主電源作動スイッチ)を寸動させながら、左手をローラー部分に入れて作業をしていた旨の記載がある。しかし、鑑定の結果も指摘するように、本件製麺機には、後述のとおり、主電源作動スイッチとは別に同停止スイッチが付いており、カス取り作業のために右両スイッチを交互に作動する形でいわゆる寸動させるようなことはにわかに考え難いところである。また、原告本人の供述によれば、原告は、本件事故後、新宿労働基準監督署の担当官から労働災害として右事故につき調査を受けた際、機械を回しながらカス取り作業中に本件事故が発生したとの説明をしており、右のような寸動という表現を用いたことはないというのである。そうしてみると、担当官の判断で前記のような記載がされたものというほかはなく、<書証番号略>の右記載は、前記認定を左右するに足りない。

二争点2(本件事故の原因)について

1  まず、本件製麺機の作用、構造についてみるに、証拠(<書証番号略>証人杉本旭、原告及び被告新日本代表者の各本人、鑑定)によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件製麺機の本体(高さ九九センチメートル)は、別紙(一)のとおりであり、これが架台(長さ八六センチメートル、幅五〇センチメートル、高さ八六センチメートル)上に設置されている。本体表面の操作スイッチ盤には、主電源作動スイッチ(ローラースイッチ)、同停止スイッチとカッター第一スイッチ(スナップスイッチ)が付いている。また、スライダー部の根元にはカッター第二スイッチ(リミットスイッチ)があって、スライダー部を本体の所定位置に装着すると同時に右スイッチが入る仕組みになっている。

(二) 通常の作業手順は、そば、うどんの粉を粘土状に練って本体上方の木箱内に入れ、これを二本のローラーの間を通過させて帯状に延ばし、それを更にスライダー部(切刃台)に装着されている麺太さ切断用カッターを通して短冊状に切断する。麺の長さ方向の切断は、麺長さ切断用カッターを使用せずに手で切断することも可能であるが、カッター第一スイッチ及び同第二スイッチを入れると、一定周期で回転する右カッターによりマナ板ローラーとの間で麺の長さ方向も同時に一定間隔で自動的に切断する。原告は、本件事故当時、一日平均二、三時間ほど本件製麺機を稼働させていたが、麺の長さ方向の切断は手作業で行うのを常とし、カッターは一週間に一回くらい試運転を行う程度であった。

(三) 本件製麺機の本体裏面にあるギア等の入っているケースの内部は、別紙(三)のとおりであり、主電源作動スイッチを入れることによって回転保持されたモーターの回転は、歯車を介して摩擦クラッチに伝達される。この摩擦クラッチには、麺長さ切断用カッターが同軸に取り付けられており、モーターが回転している間は摩擦板によって反時計回りの回転力が働くため、棒状のストッパーが摩擦クラッチの突起部分に引っ掛かることによって回転を止め、カッターを垂直上方に向けて停止させている。このように主電源作動スイッチを入れただけではカッターは回らない。

(四) しかし、カッター第一スイッチを入れ、かつ、スライダー部を本体に装着してカッター第二スイッチを入れると、別紙(四)のとおり、ギアに取り付けられたカムの動作により一定周期でカムスイッチが入り、その結果、ソレノイドコイルに一定時間通電して力を発生させ、ロットを引き込み、ストッパーを解除する。そして、ストッパーが外れることにより、カッターが摩擦クラッチとともに回転するが、ストッパーが外れたままカッターが回転し続けることがないよう、いったん外れたストッパーを元に戻すため、別紙(三)に見るようなバネ(以下「ストッパー復帰バネ」という。)が付いており、その復帰力によってストッパーが再び元に戻ってクラッチの前記突起部分に引っ掛かり、カッターの回転を止める。こうして、停止、回転の周期的運動を繰り返す。

(五) 本件製麺機には、ローラーのカス取り板が付いているが、右機械の稼働の際、別紙(二)のとおり、カス取り板の根元部位にカスがたまることは避けられないところ、スライダー部が装着されている状態では手が入らないため、カス取り作業を行うためにはスライダー部を外すことが必要となる。そして、スライダー部を外すと同時にカッター第二スイッチが切れることは、前記のとおりであるから、主電源作動スイッチ及び同停止スイッチとは別にカッター第二スイッチが設置されている趣旨は、右作業の安全装置としての機能を果たすためにほかならない。

2  鑑定人(労働省産業安全研究所主任研究官)が本件製麺機を見分した結果は、次のとおりである(証人杉本旭、鑑定)。

(一) 主電源作動スイッチ及びカッター第一スイッチを入れ、麺長さ切断用カッターが回転し始めてから、又はカッターが回転を開始する寸前にスライダー部を外してカッター第二スイッチを切っても、ストッパーは常に停止する。

(二) しかし、主電源作動スイッチが入ったままカッター第一スイッチを切り、カムスイッチによるソレノイドコイルの通電時間が中途半端な間にスライダー部を外してカッター第二スイッチを切ると、そのタイミングいかんにより、別紙(四)に見るとおり、ストッパーが摩擦クラッチの突起部分にわずかに引っ掛かる不安定な停止状態を生ずることがあり、その場合には、ある時間が経過したときに、振動等により突然ストッパーが外れてカッターが回転する。

(三) 右のようなストッパーの不安定な停止状態が現出するのには、ストッパー復帰バネの機能も関係しており、本件製麺機のストッパー復帰バネは、ストッパーの根元にある軸受けホルダー内の摩擦が大きいために十分な復帰力を有していなかった。本件製麺機は、カス取り作業等は別として、ユーザーによる日常的な点検、保守を必要としない構造になっており、本件事故当時と鑑定時の平成三年九月ころとで右機能の点につき時間的経過による影響はない。

(四) このように、本件製麺機は、主電源作動スイッチを入れ、カッター第一スイッチ及び同第二スイッチを切ってローラーのカス取り作業をした場合にも、カッターが回る可能性のあることが確認された。

3  以上の事実を総合すれば、本件製麺機は、ストッパー復帰バネの復帰力が十分でないことも一因となって、主電源作動スイッチを入れた後に、カッター第一スイッチを切り、かつ、スライダー部を外してカッター第二スイッチを切っても、その際のタイミングにより、ストッパーが摩擦クラッチの突起部分に不安定な状態で停止するような構造になっているため、振動等の何らかの原因により、右不安定状態が突然崩れ、麺長さ切断用カッターが回転したため、本件事故が発生したものと認めるのが相当である。

三争点3(<書証番号略>被告らの損害賠償責任)について

1  本件事故に至る経緯について

(一) 証拠(原告本人、被告ら各代表者本人の各一部)を総合すれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告は、中学校を卒業して調理士専門学校に学び、約八年間東京都内のそば店に勤務した後、昭和六二年八月、「そば処康」の開店のため、製麺機を含む厨房工事等の調達を被告コジマに依頼した。被告コジマは、昭和四九年四月、飲食業用厨房機械の販売、設備工事等を目的として設立され、原告から右のとおり発注を受け、製麺機については、当初、吉野製麺機を見積もったが、原告の希望に沿わなかったため、より高級の麺長さ切断用カッター付の製麺機として本件製麺機の買受けを勧め、これを原告に販売した。小嶋は、その際、原告に対し、本件製麺機は、コンパクトに出来ていて、画期的な二重安全装置が付いており、使い易い旨説明した。

(2) しかし、被告コジマは、被告新日本から本件製麺機を仕入れ販売するのは今回が初めてであり、原告自身も麺長さ切断用カッター付の製麺機を使用した経験が過去になかったので、同年八月初めころ、原告と俊朗を被告新日本方に案内し、梅山を紹介した。梅山は、その際、本件製麺機の特性として、コンパクトに出来ていて、麺の長さを自動的に切断するカッターが付いており、カッター第一スイッチ及び同第二スイッチから成る二重安全装置があるので、手を入れた場合にもカッターが回ることはなく、安全性が高い旨説明した。

(3) 被告コジマは、同年一〇月一〇日、原告に本件製麺機及びその付属品を引き渡し、同月二〇日ころ、原告店舗において、小嶋も立ち会った上、被告新日本の梅山により本件製麺機の試運転が行われたが、機械は正常に作動した。梅山は、その際、取扱方法等を説明をし、殊に、二重安全装置については、主電源スイッチが入っている状態でカッター第一スイッチを入れても、同第二スイッチが切れていれば、カッターが回ることはなく安全である旨の説明をした。右引渡及び試運転の際に、使用説明書は原告に交付されなかった。

(4) その後、本件製麺機の故障が相次いだ。まず、原告が原告店舗を開店した同年一〇月二六日、ブレーカーが故障し、同年一一月から同年一二月にかけて主電源作動スイッチ及び同停止スイッチが二回故障し、同年一二月三一日にはモーターが焼き切れ、また、昭和六三年一月から同年三月にかけて再び主電源作動スイッチ及び同停止スイッチが故障し、その都度、梅山において修理、部品取替えなどの作業を行った。さらに、同年四月ころ、カッター第一スイッチ及び同第二スイッチを入れても、ストッパーが外れず、カッターが回らないという故障が生じたため、梅山がストッパーの軸の部分を修理した。

(5) 梅山は、昭和六三年七月二日、俊朗から、本件事故発生の連絡を受けるとともに、使用説明書及び電気回路図の提出を求められ、翌日、これを原告方に持参して交付したが、右使用説明書には、使用上の注意として、「ロールを掃除する時はスイッチを切ってください」「カッター部は大変危険です」「カッター部は二重安全装置になっていますが、やむをえずのときは、元電源のスイッチを切り、機械を完全に止めてから注意して手を入れてください」などと明記されている。

(二) ところで、被告らは、本件製麺機を原告店舗に納入した際、使用説明書を原告に交付した上、試運転の際にも、主電源スイッチを切り機械を完全に止めてから注意して手を入れるなどの使用上の注意を再確認した旨主張し、被告ら各代表者本人尋問の結果中には、右主張に沿う供述部分がある。しかし、<書証番号略>及び原告本人の供述と対比すると、にわかに信用し難く、他に、この点に関する前記認定を覆して、被告らの右主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

被告らは、さらに、二重安全装置について、カッターの作動を止めるためにカッター第一スイッチ及び同第二スイッチが付いており、右作動を止めるには双方のスイッチを切るような構造になっていることをいう旨主張する。しかし、証拠(証人杉本旭、鑑定)によると、安全工学でいう安全装置とは、システムの一部に故障や誤操作があっても、必ず安全な方向に作用して事故を引き起こさないように働くフェイル・セーフの仕組みを指すこと、本件製麺機は、ローラー部のカス取り作業のためには、スライダー部を外し、手を入れて作業を行う構造になっていること、カッター第二スイッチがスライダー部を外すと同時に切れる構造になっているのも、このような手を入れた場合においてカッターの回転等により手指を損傷することのないよう配慮した安全装置であること、しかし、カッター第一スイッチは、前記のとおり運転命令を出すものであって、これを切ることは右のような事故を回避するための安全装置とは関係がないことが認められる。したがって、本件製麺機が、安全性が二重に確保されているという意味での二重安全装置付である旨の小嶋及び梅山の説明は、安全工学上、その根拠を欠くことになるのみならず、主電源作動スイッチが入っている状態でカッター第一スイッチを入れても、カッター第二スイッチを切っていれば、カッターは回ることはなく安全である旨の梅山の説明は、原告を誤解に陥れるものであるといわざるを得ない。

2  被告新日本について

被告新日本は、各種製麺機の製造販売等を目的とする会社として、本件製麺機を被告コジマに販売したものであるが、本件製麺機は、原則として、ユーザーによる日常的な点検、保守を必要としない構造になっており証拠(<書証番号略>原告、被告新日本代表者各本人)によれば、異常発生時には、被告新日本が製造販売元として対応することが予定されていたことが認められる。しかしながら、原告が本件製麺機を買い受けた後、本件事故までの間に、右機械の故障が相次ぎ、被告新日本が、その都度、原告の求めに応じて修理、部品取替え等を行ったことは、前記のとおりであって、本件製麺機は、もともと構造上の問題点を内包する機械であったといわざるを得ない。のみならず、本件製麺機の稼働の際、カス取り板の根元部位にカスがたまることは避けられないところ、スライダー部が装着されている状態では手が入らないため、カス取り作業を行うためにはスライダー部を外すことが必要であり、カッター第二スイッチがスライダー部を外すと同時に切れる構造になっているのも、右のような作業を行う場合に手指を損傷することのないよう配慮した安全装置であることは、前述のとおりである。したがって、本件製麺機のローラーのカス取り作業を行うことは、被告ら主張のように、専ら、製造販売元である被告新日本に委ねるべき事柄であるとはいえず、その作用、構造上からすれば、ユーザーにおいてスライダー部を外し手を入れて右作業を行うことが予定されており、その作業の時期、方法等も基本的にユーザーの判断に任されていたというべきである。もっとも、本件事故後において原告に交付された使用説明書には、元電源のスイッチを切ってから注意して手を入れるよう指示警告されてはいるが、梅山は、他方において、本件製麺機を原告店舗に納品する際、本件製麺機は二重安全装置付であり、主電源スイッチが入っていても、カッター第二スイッチを切ればカッターが回ることはなく安全である旨の説明もしていることは、前記のとおりである。そして、カス取り作業の効率化という観点からすれば、主電源作動スイッチを切り、ローラーを停止させた状態よりは、右スイッチを入れ、ローラーを回している状態の方が効率的であることは、容易に推測し得るところである。いわゆる製造物責任においては、被害者の損害が製品の異常な使用から生じた場合には、製造者は、責任を負わないものと解されるが、本件事故は、そのような異常な使用から生じた被害であるとはいえない。以上の認定及び判断からすれば、被告新日本としては、右のようなカス取り作業中に麺長さ切断用カッターが回れば人の手指に傷害を与える危険が存在することは十分予見し得たはずであり、このように通常予測される危険を回避するため、スライダー部を外してカッター第二スイッチを切ればカッターが回ることはないような安全な構造の製麺機を設計・製造するか、又は、本件製麺機の構造を前提にするとすれば、自ら又は販売業者を通じて、ユーザーに対し、カス取り作業時には必ず主電源スイッチを切るよう的確に右危険の存在を指示警告して、その発生を未然に回避すべき注意義務があったものというべきである。ところが、被告新日本は、この注意義務に違反して、前記のとおり安全性を備えていない欠陥のある本件製麺機を製造し、これを流通させた上、原告に対し、本件事故時までに使用説明書を交付しないばかりか、二重安全装置付なので手を入れてカス取り作業をしても安全である旨の説明をして原告を誤解に陥れ、ひいて本件事故を招いたものといわなければならないから、右事故につき、不法行為責任を免れないというべきである。

3  被告コジマの責任について

被告コジマは、製造販売元である被告新日本から仕入れた本件製麺機を厨房設備等とともに原告に販売したものであって、被告新日本から本件製麺機を仕入れ販売するのは、原告に対する本件取引が最初であったことは、前記のとおりである。また、被告コジマが、本件製麺機の設計・製造の決定にも自ら関与し、若しくは、これに関する詳細な情報を入手していたとか、製造者と同様の安全性の点検確認を行うに足りる人的、物的設備を有していたとかの特段の事情を認めるに足りる証拠はない。このように、被告コジマは、本件製麺機に関する前記のような設計・構造上の欠陥を自ら創出したものではなく、その流通過程に関与したにすぎないから、本件製麺機が、本来、スライダー部を外し、手を入れてローラーのカス取り作業を行う構造になっているからといって、そのことから直ちに、被告コジマにおいて、製造者と同程度に、本件製麺機自体に前記のような欠陥があり、ユーザーがカッター第一スイッチ及び同第二スイッチを切って右作業を行う際にも右欠陥が原因となって突然カッターが回る可能性があり、かつ、それによって人の手指に傷害を与える具体的な危険が存在することまで予見すべき義務があったということはできず、かかる予見義務に裏付けられた予見可能性も存在しないというべきである。そうとすれば、被告コジマが、原告に本件製麺機を販売する際、スライダー部を外してカッター第二スイッチを切ればカッターが回るような事態は発生しないことを自らも点検確認するとか、その点に関する危険の存在を原告に指示警告して、右危険の発生を未然に回避すべき注意義務があったということもできない。小嶋において、漫然、本件製麺機はコンパクトに出来ていて、画期的な二重安全装置が付いており、使い易い旨の説明をし、使用説明書を交付せず、そのことが、ひいて、原告をして、主電源スイッチを入れていてもスライダーを外せば安全であると思い込ませる一因になったとしても、被告コジマについては、製造者と同程度の具体的な危険の予見及び結果回避義務を肯認し得ないのであり、使用説明書も本来被告新日本において作成交付すべきものと考えられるから、本件事故に関し、被告コジマが原告主張のような不法行為責任ないし不完全履行責任を負うものということはできない。

四争点4(別件和解の成立)について

1  被告らは、別件和解において、本件事故による原告の損害賠償も含めて訴訟上の和解をし、原告は右損害賠償請求権を放棄した旨主張し、被告コジマ代表者本人尋問の結果中には、右主張に沿う供述部分がある。

2  しかしながら、本件事故は、被告コジマが、原告及び俊朗を相手方として本件製麺機を含む厨房設備、ダクト工事の残代金五七四万七二〇〇円の支払を求めて別件訴訟を提起した後、その係属中においてたまたま発生したものであって、別件和解は、本件事故の発生からわずか二二日後の、原告の通院期間中に成立したものにほかならない。したがって、別件和解の成立時点では、原告の損害額が未だ確定していないのみならず、被告コジマは、本件事故の発生前から、三〇〇万円を控除して示談に応ずるとの意向を原告側に示していたところ(<書証番号略>)、別件和解は実質的に三二四万円余の支払義務を免除することを内容とするものであるから、原告の本件事故による損害の点も含む訴訟上の和解が成立したとは到底考えられない。また、別件和解の席上において、裁判所から右のような趣旨の説明がされた事実もないことは、被告コジマ代表者本人も供述するところである。したがって、右1の供述部分は、被告コジマ代表者である小嶋の個人的な理解にすぎないというほかはなく、他に、被告らの右主張事実を認めるに足りる証拠はないから、右主張は採用の限りではない。

五争点4(損害賠償額)について

1  治療関係費

原告が、本件事故により、左手の第三、第四、第五指の指先部を切断して負傷したことは前記のとおりであり、証拠(<書証番号略>、原告本人)によれば、原告は、右傷害の治療のため、東京女子医科大学病院にその主張の期間の入通院をし、指先の断端形成術を受け、昭和六三年九月二〇日、左第三、第四指が健側に比して三センチメートル短いという後遺症を残して治癒し、この間、その主張のとおりの治療費、入院雑費、通院タクシー代及び病院駐車場料金として合計五二万一二三〇円を支出したことが認められる。

2  休業損害

証拠(<書証番号略>原告本人)によれば、原告は昭和六一年中に勤務先のそば店から給与の支払を受け、同年分の所得金額を二七八万〇七六〇円として申告したことが認められる。ところで、原告は、本件事故当時、右申告所得金額の1.05倍の収益を挙げていた旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はないから、右申告所得金額を下らない収益を挙げていたものと推認するのが相当であり、また、証拠(<書証番号略>、原告本人)によれは、原告は、本件事故の後一か月間は全部休業し、その後の通院期間中は半月分を下らない休業を余儀なくされたことが認められる。そうすると、これら基礎として算出した休業損害は合計三四万七五九五円となる。

3  後遺症による逸失利益

本件事故により、原告には前記後遺症が残ったところ、証拠(<書証番号略>、原告本人)によると、原告は、本件事故当時は二六歳の健康な男子であることが認められるから、その職業内容等に照らすと、右後遺症により就労可能年齢である六七歳まて四一年間にわたり労働能力を五パーセント喪失したものと認めるのが相当である。そこで、前記申告所得金額に基づき、原告主張のライプニッツ式計算によって、この間の逸失利益の現価を算出すると、合計二四〇万四五六四円となる。

4  慰謝料

原告の傷害の部位・程度、後遺症の内容その他諸般の事情を総合考慮すると、本件事故により原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては、一五〇万円が相当である。

5  過失相殺

前記事実関係からすれば、原告は、麺長さ切断用カッター付の製麺機を使用するのは本件製麺機が初めてであり、本件事故当時は、右カッターは一週間に一回くらい試運転をする程度であり、使用説明書の交付も受けておらず、二重安全装置に関し、小嶋及び梅山から前記のような誤解を招く説明を受けていたところ、本件事故当日、前記のとおりカッター部に手を入れてカス取り作業中に事故に遭遇したものである。そして、本件製麺機は、本来、右のような作業を予定した構造であるにもかかわらず、安全装置に欠陥があったことは、前記のとおりである。しかしながら、原告は、八年余りのそば店勤務の経験を有し、本件製麺機の購入後も、八か月余りにわたり一日平均二、三時間ほど右機械を稼働させており、カッター部が危険であることは外観上からも容易に認識し得たはずである。のみならず、主電源スイッチを切り、機械を完全に停止させた状態においてカス取り作業を行うことは、作業効率の点はともかく、十分に可能であって、このことは原告本人も供述するところである。したがって、原告において、使用説明書に明記してあるとおり、主電源スイッチを切り、機械を完全に止めてから右作業を行うなどの慎重な配慮をしていれば、本件事故が回避された可能性があり、また、原告が右のような行動に出ることを期待しても強ち不当とはいえないから、損害負担の公平を図るため、この点を損害賠償額の算定に当たって斟酌すべきであり、以上の諸般の事情を考慮すると、過失相殺の割合は三割と定めるのが相当である。そうすると、原告の損害賠償額は、前記1ないし4の合計四七七万三三八九円の七割に相当する三三四万一三七二円となる。

6  弁護士費用

原告が、本件訴訟代理人に本訴の提起・追行を委任したことは、本件訴訟上から明らかであり、本件事案の内容、認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用は四〇万円と認めるのが相当である。

第四結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告新日本に対し、合計三七四万一三七二円及びこのうち弁護士費用を除く三三四万一三七二円に対する不法行為の日の後である平成二年五月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において認容すべきであるが、原告の同被告に対するその余の請求並びに被告コジマに対する請求はいずれも棄却を免れない。

(裁判官篠原勝美)

別紙(一)

別紙(二)

別紙(三)

別紙(四)

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